12 吉野川本流北股川支流三之公川

 吉野川上流部の大迫ダム湖には、三本の河川が流れ込む。上流に向かって右から、伯母谷川、本沢川、北股川である。このうち、本沢川と北股川は、吉野川の2大源流河川である。ここでは北股川の最大支流である三之公川を紹介する。
 三之公と書いてサンノコと読む。ふつう、谷の名にはそれなりの地形的ふんいきを表す名前が多いのだが、三之公とはちょっと変わった名前の河川だ。北股出会いから数キロ谷沿いに入ると小さな集落がある。いまは山仕事の従事者が住まいしている小集落だが、戦前までは隠れ里の風情がただようところであったようだ。
 言い伝えによれば、三之公とは三種の神器を意味するといわれている。吉野地方は平家の落人伝説や南朝にかかわる史跡が多いのだが、ここ、三之公集落にも、そういう言い伝えがあったとか。三種の神器を密かに運び込んだ隠れ里では、その長が代わるたびに三種の神器を引継ぎ、守る儀式が綿々と行われていたという話だ。近くには、明神滝という聖地があるが、ここで村人は身を清めて聖なる神器引継ぎの儀式をとりおこなったという話だ。今はずいぶん奥まで林道が続いて車で入るのもたやすくなったが、すこし前まで、それはそれは地の果てのような場所であったのだろうとたやすく推測できる。
 源流部は手つかずの原生林であったが、数十年前から始まった植林のため全伐。ところが時代は外材の輸入自由化、林業不振で植林もままならず、山は丸裸のまま放置されてしまう。当然、山は荒れ、土砂が流れ出てこれが源流部かと目を疑うくらい谷は大量の砂利で埋まってしまった。僕が渓流釣りを始めた20数年前にはまだこのあたり、ゆたかな魚影を見ていたのが信じられないほどの変容だ。
 ところで、三之公川入り口付近の山には、一部ではあるがトガサワラ原生林が残っている。トガサワラという樹木はマツの仲間でとても古い時代からの生きた化石といわれる樹木らしい。このあたりにもダムを造る計画があって、このトガサワラ原生林も消滅の危機を迎えている。もういいかげんダムもいいんじゃないのと言いたくなるが、建設業界にとってダム建設は打ち出の小槌なのだろう。治水のためだと言うのなら、まず山を豊かにすることこそ先だ。そのことを砂利に埋まった三之公の破壊された渓流景観が語っている。