12 吉野川支流中奥川


渓流釣り初心者のレッスン河川として最適な川。平坦な瀬と小さな落ち込みが上流部まで続く。


よく手入れされた杉美林。川上村にはこのような美林がいくつかある

 中奥川には特別な思いがある。20数年前、僕が本格的に渓流に足を運ぶきっかけとなった谷なのだ。解禁直後に友人に連れられここに入り、ジャコ釣りと同じような気持ちで竿を振り回してはいたのだが。「最初はあかんよ」そうは言われていたものの、まさかとたかをくくっていたのが現実の手痛い一日になってしまった。友人の魚籠には美しいアマゴがどっしりと入っていたのに対して、僕の腰魚籠は空に飛んでいくほど軽い。たった1匹、それもリリースサイズのかわいいアマゴ。それだって、川の中を糸を引きずって歩いていて、ふと竿を上げればかかっていたという、かっこ悪い敗北の一日だったのだ。「最初は誰でもそうや」そんな、慰めにならない言葉を悔しく聞いていたのだった。今から思えば、魚が居そうにもないところで根気よく釣り糸を垂れていたのだが、その時は知る由がない。とにかくこうして僕の渓流通いが始まった。日曜日を待ちわびて車を中奥川に走らせた。谷というものを知らない僕は、当初、友人とともに歩いた場所にひたすら通うことになる。少し冒険して、その先へ。また冒険してその先へ。いつしか季節は夏を迎えていた。糸にウキを付けない脈釣りという独特の釣り方に慣れるにも時間がかかったが、それより自分の意志で魚を釣り上げることの歓びは格別だった。谷通いの病気はますますひどくなり、その年が終わる頃には、友人師匠に場所を教えるほどになっていた。翌春を待ちわびて僕の渓流通いはいっそう激化した。餌の川虫を採るため真夜中に懐中電灯を持って川底あさり。雨が降れば夜明けを待ちわびて車を走らせる。夏になれば、職場の始まりまでの時間を谷で過ごすといった毎日。中奥川を川通しして全部見切った後はあのとどんどん大胆になって。そんなことだから、僕の釣りは必然的に単独行が多くなった。自分の計画のまま動けるのが釣りのスタイルになり、当然にして地図へのマーキングは時間の経過とともにその数を増やしていった。

 この谷には砂防堰堤が多く、谷が寸断されているために、堰堤と堰堤の間は傾斜の少ない穏やかな瀬が続く、初心者にはうってつけの谷だ。時々ごろ石の重なる場所もあるが、たいがいが平坦な渓相で、渓流釣りの楽しさを十分に味わわせてくれる。道が谷に沿ってほとんど奥まで続き、どこからでも道に上がることができる。美しい水と広々とした空間が、またおいでねと誘ってくれる。この中奥川の体験がなかったら、おそらく僕は今、こんなふうに文字キーをたたくこともなかったのではないかと思う。それは、どんなことにも言えることだ。おそらくこの出逢いがなかったら・・・人生というのはそういう不可思議に満ち満ちている。僕がアマゴに出逢い、渓流の素晴らしさに出逢えたのも、あの敗北の一日があったからだと思うのだが。ううむ、もし、あの日、僕が大漁であったら・・・それは誰にもわからない。